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大阪地方裁判所 昭和60年(ワ)5047号 判決 1987年3月19日

原告 田窪卯文

<ほか一名>

右両名訴訟代理人弁護士 大橋武弘

被告 中村夏美

<ほか一名>

右代表者代表取締役 中村正次

右両名訴訟代理人弁護士 酒井信雄

主文

一  原告らの主位的請求を棄却する。

二  被告中村夏美は、原告らに対し、各金七〇万円及びこれに対する昭和五九年三月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らの被告中村夏美に対するその余の予備的請求を棄却する。

四  原告らの被告中村不動産株式会社に対する本件訴を却下する。

五  訴訟費用は、原告らと被告中村夏美との間に生じた分はこれを五分し、その四を原告らの負担とし、その余を被告中村夏美の負担とし、原告らと被告中村不動産株式会社との間に生じた分は全部原告らの負担とする。

六  この判決は第二項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(主位的請求)

1 被告中村夏美は、原告らに対し、別紙第一物件目録記載の建物部分を収去せよ。

2 訴訟費用は被告中村夏美の負担とする。

(予備的請求)

1 被告中村夏美は、原告らに対し、別紙第二物件目録記載の建物部分を収去せよ。

2 被告らは、原告らに対し、連帯して金八五〇万円及びこれに対する昭和五九年三月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3 訴訟費用は被告らの負担とする。

4 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件土地建物の所有、位置関係

(一) 原告田窪卯文及びその母である同田窪シゲノは、別紙第三物件目録一記載の土地(以下「原告所有地」という。)の共有者(持分各二分の一)であり、原告田窪卯文は、右土地上に同目録二記載の建物(以下「原告建物」という。)を所有(ただし登記簿上は原告田窪卯文の亡父田窪卯三郎名義であるが、原告田窪卯文が単独相続した。)し、昭和四七年四月から現在に至るまで、原告シゲノ及び妻子の計六名で居住している。

(二) 被告中村不動産株式会社(以下「被告会社」という。)は、原告所有地の南側(その位置関係は(三)にのべるとおりである。)に所有する別紙第四物件目録記載の土地(以下「本件建物敷地」という。)上に、平家建の五戸一棟の借家(以下「旧建物」という。)を有していたが、昭和五七年四月ころ、うち西側一戸を残し(現在も本件建物敷地内に右一戸分を残置し借家人が居住している。)、東側四戸をとり壊して収去した。被告中村夏美(以下「被告中村」という。)は、被告会社役員の一人である訴外中村小智子の息子嫁であるが、昭和五九年二月、右取り壊し跡に別紙第一及び第二物件目録表題部記載の建物(以下「本件建物」という。)を築造、所有し、賃貸マンションとして第三者に賃貸中であり、被告会社は、被告中村が同地上に本件建物を築造するにつき敷地所有者として工事に協力した。

(三) 原告所有地、原告建物、本件建物敷地及び本件建物の位置関係は別紙図面(以下「別紙日影図」という。)のとおりである。

2  原告らの日照等の被害

(一) 原告建物は、日照確保に意を用いて本件建物敷地北側境界線から訴外木谷所有通路(幅員一・三メートル、以下単に「木谷通路」という。)を挟んで最短距離でも二・三九メートルの間隔を置いて建築された木造瓦葺二階建の家屋で、一、二階とも南面に大きな開口部を有し(一階居間に幅三・六メートル、高さ一・八メートルの戸口、その上に幅三・六メートル、高さ〇・四メートルの天窓、二階居間に幅三・六メートル、高さ一・八メートルの窓、子供部屋に幅一・八メートル、高さ一・四メートルの窓)、また一、二階東面にも窓、戸口がある。そして、旧建物が従前平家建の建物であったことから、冬期においても十分な日照を享受してきたが本件建物の建築により年間を通じて終日日照を奪われ、その具体的状況は別紙日影図(冬至におけるもの)記載のとおりである。その結果、

(1) 玄関先に植栽してある植木が枯れ、他の植木全てもいずれ枯死すること必至である。

(2) 原告建物南側を全面的に遮られたため、終日部屋が暗く、特に一階南側の部屋は倉庫のように昼間でも暗く一日中電燈をつけなければならない。したがって、冬は寒く、夏は風通しが悪くなったため蒸し暑く、そのため、暖房、冷房用の光熱費が極端にかかるようになった。

(3) 一日中風通しが悪いため、洗濯物が乾きにくく、またすっきりと乾ききらないし、湿気が多くなって押入にカビがはえるようになった。

(二) また、南側の眺望も従前の一〇〇パーセントから現在の零と極端に悪化するとともに圧迫感を余儀なくされ、電波障害も発生するようになった。

(三) 加えて、本件建物の窓等から原告建物内をのぞかれることによりプライバシーの侵害も現実に発生し、本件建物に居住する住民が夜遅くまで騒ぐことによる騒音によって迷惑を受けているし、右住民の路上駐車の自動車により原告らの自動車の出入りが不自由となりがちである。

3  被告らの事情

(一) 1(三)のとおり、本件建物は、本件建物敷地北側境界線から民法上許容されている最大限度のわずか五〇センチメートル南に引いた間隔しか保たずに建築されており、原告建物南側から原告所有地南側境界までの最短距離は一メートルで、結局、木谷通路を含んでも本件建物と原告建物との距離は最短距離において二・八九メートルの間隔しか置かずに建てられており、原告らの日照享受について何らの配慮もされていない。

(二) しかも、本件建物敷地付近は都市計画法上第二種住居専用地域に指定され、容積率二〇〇パーセント、建ぺい率六〇パーセントの建築基準法の規制を受けるにもかかわらず、本件建物敷地に前記借家一戸分を残置させて本件建物を建築したため、容積率及び建ぺい率共に右規制に違反する結果になっている。

なお、被告らは、本件建物敷地が第二種住居専用地域であること及び本件建物の高さから、三階建共同住宅自体についての建築基準法の規制に反せず、同法上の日影規制の対象ともならない旨主張し、この点は原告らにおいても認めるところではあるが、かかる事実をもって被告らが責任を回避しうるというものではない。

(三) 本件建物は、専ら収益を上げる目的で賃貸マンションとして第三者に賃貸されており、被告らにおいて自己使用を必要とするものではない。

(四) 被告らは、本件建物の建築に際し、付近住民に対し事前にも事後にも何らの説明会等を開かず、その結果、原告らを含めた付近住民の建築反対運動に遭ったがまったくこれを意に介さず、強引に本件建物を建築した。

(五) しかも、被告会社は、本件建物敷地の南側及び原告所有地北側にも土地を所有しており、現在各土地上に平家建の借家を有するが、本件において有利な結果を得れば将来本件同様に賃貸マンションを建築するであろうことは容易に予測できる。そうなれば、原告らは被告らの関係するマンションに取り囲まれることになり、住宅環境としては最悪のものとなる。したがって、本件が被告らの右計画の突破口にならないよう右観点からも慎重に配慮する必要がある。

4  地域状況

本件建物及び原告建物の付近一帯は閑静な低層住宅街を形成しており、二階建もしくは平家建の一戸建木造建物が大半であって、三階建の建物は殆ど存せず、また、各住宅が二階部分はもとより一階部分も十分な日照を享受している。

5  被告らの責任(加害行為の違法性)

前記のとおり、原告らは原告所有地を共有し、また、原告田窪卯文は原告建物を所有しているところ、土地及び建物の所有権には、それらに対する日照阻害等の妨害から保護されるべき生活を求め、有効適正な所有権行使をなしうる権利が包含されているところ、被告中村の本件建物の築造による原告らに対する日照等の妨害は、その阻害の程度、態様、地域状況、さらに加害者側の事情を考えると、原告らの受忍限度を超える違法行為であり、原告らの日照等被害を排除し、円満な所有権の回復を図るには、本件建物の三階部分をすべて収去する必要がある。仮に右収去請求全部が容れられず、後記本件仮処分決定の限度で仮処分部分についてのみ一部収去が認容されるにすぎない場合、被告中村は原告らが被った損害を賠償すべきであり、被告会社は、被告中村の右違法行為に加功したものであるから被告中村と同様原告らに対する損害賠償義務を負担する。

しかるところ、本件建物による日照阻害等により

(一) 原告所有地及び原告建物の時価は、昭和五九年九月二五日時点で五五五〇万円相当であったところ、右日照等の被害により五〇〇〇万円に減価したため、原告らは五五〇万円相当の財産的損害を被った。

(二) 原告らは、本件建物による日照等の阻害により種々の精神的苦痛を被っており、かかる精神的苦痛を慰藉するには三〇〇万円をもって相当というべきである。

6  よって、原告らは、主位的に、被告中村に対し、原告所有地及び原告建物の各所有権に基づく妨害排除請求として、別紙第一物件目録記載の本件建物部分の収去を求め、予備的には、被告中村に対し、右各所有権に基づく妨害排除請求として別紙第二物件目録記載の本件建物部分の収去を求めると共に、被告中村及び被告会社各自に対し、不法行為に基づく損害賠償として金八五〇万円及びこれに対する不法行為の後である昭和五九年三月一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による金員の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び反論

1  請求原因1のうち、

(一) 同(一)中、原告建物の居住者及びその居住開始日時は不知。その余の事実は認める。

(二) 同(二)中、前段の事実、被告中村が被告会社役員の一人である訴外中村小智子の息子嫁であること、同被告が昭和五九年二月本件建物敷地に本件建物類似の建物(本件建物から別紙第二物件目録記載の建物部分を除いたもの。ただし、右目録記載建物部分には主要柱及び梁となるべき部分の鉄骨が存在する。本件建物類似の建物の面積は一、二階は本件建物と同じで、三階のみ一四九・二二平方メートルで本件建物のそれより狭い。以下、右本件建物類似の建物を「本件現況建物」という。)を築造、所有し、賃貸マンションとして第三者に賃貸中であることは認める。

被告中村は、本件建物を建築しようと計画し、建築確認も得て工事に着手したところ、原告田窪卯文が他の申請人一名と共同し、被告中村、被告会社他一名を被申請人として本件建物建築工事禁止の仮処分を申請し、昭和五八年一一月一一日、別紙第二物件目録記載の建物部分(以下「仮処分部分」という。)の建築工事禁止の仮処分決定(以下「本件仮処分決定」という。)を得た。これにより、被告中村は右部分については主要柱及び梁となる部分の鉄骨を組んだのみで工事を中止して一応本件現況建物として完成している。

(三) 同(三)の事実は認める(ただし、別紙日影図中の日影線は不知。)。

2  同2のうち、原告建物が木造瓦葺二階建であり、一、二階とも南面に開口部があること、本件現況建物建築前は冬期でも日照を享受していたこと及び本件現況建物の建築により原告らの日照が幾分阻害される結果となったことは認めるが、その余の事実は否認ないし不知。主張は争う。

別紙日影図記載のとおり、原告建物は、原告所有地と木谷通路との境界から一ないし一・二七メートルの間隔しか置いてなく、しかも原告所有地の南北に概ね一ぱいに建てられ、原告建物の二階部分も特に北側に寄せてあるわけでもない。したがって、原告建物自体、将来南側の本件建物敷地に二階建以上の建物が建築される場合を考慮せずに建築されている。

右のとおり、原告建物は、本件建物敷地上の旧建物が平家であったことを前提に建築されているものであり、後記4の認否で主張するとおりの状況から、それを基準にして被告らの日照阻害を云々するのは妥当ではない。

原告らは、植木が枯死したと主張するが本件建物の建築前から枯れており、本件現況建物の建築との間に因果関係はない。原告らは、また、採光、通風、騒音等についての被害を訴えるが、右は、本件現況建物建築前の状態と単純に比較した議論にすぎないこと前述のとおりであり、すべて被告らと関係ないかあるいは受忍限度内のものである。

3  同3のうち、

(一) 同(一)の事実中、本件現況建物が本件建物敷地北境界線から五〇センチメートルの距離をもって建築されていることは認めるが、その余の事実は不知、主張は争う。

本件建物敷地南側には、建築基準法四二条一項二号、二項に定められている幅四メートルの道路が設置されている関係から、本件建物をこれ以上南へ寄せて建築することは不可能であった。

(二) 同(二)の事実中、本件建物敷地付近が第二種住居専用地域であり、容積率二〇〇パーセント、建ぺい率六〇パーセントであることは認めるが、その余の事実は否認し、主張は争う。

なお、本件建物敷地が第二種住居専用地域であることから、三階建共同住宅につき建築基準法別表第二(ろ)八号、(い)二号及び三号のとおりこれを建築すること自体格別の制限もないし、本件建物の高さは八・八〇メートルであって日影による建築物の制限(同法別表第三の二項、なお、塔屋は、高さ五メートル以下で建築面積の八分の一以下であるから右適用には考慮に入れる必要がない。)にも触れず、何ら違法な建築物ではない。

(三) 同(三)の事実は認める。

(四) 同(四)の事実は否認する。

(五) 同(五)の事実中、被告会社が原告主張の他の土地を所有していることは認めるが、主張は争う。

4  同4の事実は否認する。

第二種住居専用地域は「中高層住宅に係る良好な住居環境を保護するために定める地域」であり第一種住居専用地域のように低層住宅に係る住居環境を保護するものではない。そして、本件建物周辺には、三階建建物も相当数存在し、将来、三階建建物が増加する可能性は十分ある。

5  同5の主張は争う。

本件建物による日照等の阻害は、前記諸事情に鑑みると原告らの受忍限度内にあるというべきである。

かりに右が受忍限度を超える場合であっても本件建物を二階建にしても日照関係は殆ど異ならず、また、本件現況建物には既に住民が居住しており三階部分を除去することは困難であり、仮処分部分相当部分に残置された鉄骨を除去することは本件現況建物の構造全体にも影響し、日照紛争事案である本件ではその必要性も存しない。

第三証拠《省略》

理由

一  原告らが原告所有地を共有(持分各二分の一)し、原告田窪卯文が原告建物を所有していること、被告会社が、本件建物敷地上に被告会社所有の平家建五戸一棟の借家を有していたところ、昭和五七年四月ころ右西側一戸を残し(現在も借家人が居住中である。)、四戸部分を取り壊して被告中村(被告会社役員の息子嫁)が昭和五九年二月、その跡に少くとも本件現況建物を建築完成して所有し、現在賃貸マンションとして第三者に賃貸していること、原告所有地、原告建物、本件建物敷地及び本件建物の位置関係が別紙日影図記載のとおりであること、原告建物が木造瓦葺二階建で一、二階とも南面に開口部を有し、本件(現況)建物建築前は冬期でも日照を享受をしていたこと、本件(現況)建物が本件建物敷地北境界線から五〇センチメートルの距離を保って建てられていること、本件建物敷地付近が第二種住居専用地域に属し、容積率二〇〇パーセント、建ぺい率六〇パーセントの規制があること、同じく第二種住居専用地域であることから、三階建共同住宅につき建築基準法別表第二(ろ)八号、(い)二号及び三号のとおりこれを建築すること自体格別の制限もなく、その高さも同法別表第三、二項所定の一〇メートルを超えない(塔屋の高さは除外できる。)から同法上の日影規制の対象とはならないことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、原告ら及び原告田窪卯文の妻子らが昭和四七年四月ころから原告建物に居住していること、《証拠省略》によると、被告会社は宅地建物取引業、不動産の賃貸管理、コンサルタント等を業としていることが認められる。

なお、原告らは、被告中村が本件建物敷地に建築したのは本件現況建物というよりも本件建物であると主張するようであるが、本件全証拠によるもこれを認めることはできない。

二  右一に記載の事実に、《証拠省略》を総合すると、次の各事実が認められ、この認定を動かすに足りる証拠はない。

1  原告らの日照等の被害

(一)  原告所有地は、幅員約四メートルの舗装市道と東側において等高に接し、間口(南北)約一一メートル、奥行(東西)約一九メートルのほぼ長方形の平担地で、原告建物は別紙日影図記載のとおりそのほぼ中央に建てられているが、原告所有地南側境界線(木谷通路(幅員一・三九メートル)との境界線)上には高さ約二メートル弱のブロック塀が横築され、原告建物南側側壁と右ブロック塀との間隔は約〇・八メートルないし約一・二七メートル置かれているのみで、北側境界線と原告建物北側側壁との間も大人一人がかろうじて通れる程度の余地しかなく、原告建物は南北において原告所有地ほぼ一杯に建てられている。

(二)  原告建物は、瓦葺二階建、屋根は入母屋造で、昭和四七年五月に建築されたが、その間取り等は別紙原告建物配置図のとおりであり、南面の開口部六か所の位置、規模は別紙建物南側図、東面におけるそれは別紙建物東側図、西面におけるそれは別紙建物西側図のとおりである。

(三)  原告建物は、本件建物建築前は冬至においても僅かに一階南側開口部において旧建物及び前記ブロック塀によるある程度の日影を受けていたが、その余の開口部、特に二階部分は、東面が正午以降、西面はほぼ正午まで自らの日影を受けるほかはほぼ終日にわたる日照を享受してきた。

ところが、本件建物(東西の奥行は一、二階が二七メートル、三階が二四・九メートルで、三階は一、二階に比し東側で二・一メートル控えてある。)の建築により、冬至において(以下、別段の記載のない限り冬至の場合を想定する。)、原告建物南側開口部においては、一、二階とも終日日影となり(ただし、原告建物の最西部付近の一部は、一、二階和室六畳の間とも午後三時以降一時西日がさし込む余地がある。)、東側開口部は、午前八時ころには全面にわたり日照をうけるが、二階南東の部屋は午前九時に、玄関口では午前一〇時に、一階応接室開口部では午前一一時には日影に入り、西側開口部は、漸くにして午後二時半ころから日影から解放されるが、二階ベランダないし物干は終日日影に入るという状況となることが明らかである。

ただ、しかしながら、仮に本件建物のうち三階部分を全部削減して二階建とし、本件建物の高さを約三分の二すなわち約六メートルと想定した場合(塔屋部分は考慮外とする。)、原告建物南側開口部では、一階部分はいずれも本件建物の日影に入ってしまうが、二階部分の窓(高さ約四メートルに窓の下辺がくる。)からの日照は午前一〇時半ころから午後一時半ころまで日照を享受できるようになり、東側開口部では、午前九時ころから午前一二時ころまで、西側開口部では、午後零時ころから午後四時ころまで一、二階とも大体日照を享受できることになり、改善される。

また、本件現況建物の場合、原告建物東側開口部は少なくとも二階部分で同様に改善されるものの、南側及び西側開口部は改善されない。

なお、原告建物に日影の及ぶ場合は、原告所有地にもそれ相応の日影が及ぶことは明らかであり、また、右に伴ない通風等の生活利益も多少は侵害されることにはなる。

2  被告らの事情

(一)  本件建物敷地のみならずその南側隣接地も被告会社所有地であり、いずれも被告会社の賃貸住宅が存したが、うち旧建物の一部のみを取壊した跡地に被告中村が本件建物を建築することになったため、本件建物敷地の南側には建築基準法四二条二項道路を設置する必要があり、ために、本件建物は最長部で東西に二七メートル、南北に八・三メートルもあるのに、本件建物敷地としては東西三二・六メートル、南北一〇・六メートルの土地しか確保されなかった。したがって、本件建物は正面において敷地南端線から一・八ないし二・九メートル北側に引いてあるが、敷地北端線からは僅か〇・五メートルの間隔を置いたのみで建築設計され、本件現況建物もそのように建築されている。

(二)  本件建物の一階床面積は二〇一・五〇平方メートル(二LDK四戸)、二階床面積は一九四・四〇平方メートル(同右)、三階床面積は一七九・二八平方メートル(二LDK二戸と三LDK一戸)、塔屋面積は一二・一六平方メートル、延べ面積五八七・三四平方メートル、三階部分までの高さは八・八〇メートル、塔屋を含めると一二・七〇メートルで、そして、東側側壁はともかく、西側側壁及び北側側壁はほぼ三階部分まで垂直であり、北側隣接地に対する日照確保のため設計上の配慮をした形跡はみられない。

(三)  第二種住居専用地域は、一般的に容積率二〇〇パーセント、建ぺい率六〇パーセントとされているが、本件建物敷地は接面道路の幅員が四メートルにすぎないことから容積率は一六〇パーセントに制限されている(建築基準法五二条一項)ところ、被告中村は、本件建物の建築確認申請において、敷地面積を三四三・五六平方メートル、建築面積を二〇五・六一平方メートル、延べ面積を五四三・九六平方メートル(一階部分に四三・三八平方メートルの車庫を設置することとしたためこの部分は右延べ面積には加えなかった。)、建ぺい率五九・七パーセント、容積率一五八・四パーセントとして申請して確認通知を受けながら、建築確認通知後前記一階車庫部分を住居部分に設計変更した(その結果、実際にはその容積率は一七〇・九五パーセントになった。)のみならず、本件建物敷地西側に残存する旧建物の一部が敷地内に存することを秘して確認申請しており、建築基準法五二条一項、五三条一項に従って残存旧建物の建築面積も加算すると容積率は実際には更に大きくなり、本件建物は右いずれの規制にも違反する建物となる状況である。

(四)  被告中村は、本件建物建築に際し、原告らに対して、本件建物の構造、工事期間、建物の配置等具体的な内容は明らかにせず建築に踏み切り、原告らを含む周辺住民の反対運動を招く結果となった。

8 地域状況

(一)  本件建物は、近鉄奈良線「瓢箪山」駅(「難波」駅まで電車で約三〇分)から北西方向へ約五五〇メートルの道路距離(徒歩約七分)、駅前商店街へは徒歩約五分の位置にあり、都心への交通の便は非常に良く、周辺地域は、幅員四ないし六メートルの市道で区画されており、本件建物敷地と原告所有地の東側にも幅員約四メートルの市道が南北に走っている。また、本件建物の東方向には、南北に通る国道一七〇号線(外環状線)があり、その連続性も悪くなく、道路交通上も非常に便利である。

(二)  周辺地域には、三階建共同住宅も散見されるが、本件建物周辺には存在せず、大部分は平家ないし二階建の中小規模住宅で占められている地域(一部、田や空地も認められるがわずか)である(ただ、右国道沿いに多少高層建築が認められ、また右駅前周辺が近隣商業地域に指定されており、駅前周辺に近づくにつれ三階建以上の建物が増えてはくる。)。

(三)  したがって、付近住民としては、いまなお二階建程度の建物による街区の構成を期待することが決して不合理ではない状況にある。

三  以上認定事実に基づき、原告らの請求について検討する。

1  被告中村に対する建物部分収去請求について

原告らは、主位的に本件建物三階部分(別紙第一物件目録記載の建物部分)につき、予備的にその一部である仮処分部分(別紙第二物件目録記載の建物部分)につきいずれも収去を請求しているところ、前記のように本件現況建物は存在するものの本件建物やその一部たる仮処分部分は存在しないのであるから、原告らの右収去請求はいずれも失当というべき筋合であるが、右請求については、本件現況建物三階部分ないしその一部たる仮処分部分相当部分(鉄骨部分)の収去の趣旨を含むものと善解できるので、この点につき判断を加える。

本件現況建物建築による原告建物、原告所有地に対する日照の阻害は、右建築前旧建物当時に比して著しく、特に冬至においては原告建物南側開口部の日照は一、二階共に終日これを奪われるに至った(通風等も幾分かは減少した。)もので、原告らが受ける被害は深刻なものがあるといえる。これに対し、本件現況建物は、当初の設計段階より、その建築位置、規模からして原告らの日照享受にほとんど配慮が払われていないのみならず、むしろ不動産賃貸業、コンサルタント業等を営む被告会社役員の一族である被告中村により、賃貸マンション建築による営利目的のため建築基準法上の建ぺい率、容積率の規制を潜る意図の下に設計、建築された疑いも否定できない。また、周辺地域は、現在でも二階建程度の低層住宅街を形成しており、今後急激に中高層化するとも考え難く、原告らにおいて本件現況建物についても二階建程度の規模にとどめることにより日照等を確保したいと期待するのは誠に無理からぬ面も存する。そして、仮に本件現況建物の三階部分を収去してこれを二階建にした場合は、二階南側開口部等において相当程度の日照等を回復できることも前記のとおりである。

しかしながら、他方、本件現況建物による日照等の阻害は、原告建物自体が原告所有地の南側にあまり余地を残さない形、換言すれば将来における南側隣地での新たな建築物による日影をさほど考慮せずに建築されていることにも原因の一端があり、また、本件建物敷地、原告所有地付近は第二種住居専用地域に属し、本件現況建物自体その高さの関係から建築基準法上の日影規制の対象とはならない等の諸事情(なお、三階部分ないし仮処分部分相当部分(鉄骨部分)の収去自体にも技術面、構造面等の問題がないわけではない。)を併せ考えると、本件現況建物三階部分の存在自体は、原告らにおいて受忍すべきものというほかはなく受忍限度を超える違法な妨害を理由とする右三階部分ないし仮処分部分相当部分(鉄骨部分)の収去請求は理由がないというべきである(ちなみに、本訴とは異なり、仮に原告らが仮処分部分につき工事続行差止請求の訴を提起した場合には、右部分の建築が完成すると原告らの受忍限度を超えることになるというべきであるから、被告中村において右工事続行のおそれがある限り、右工事続行差止請求は認容されることになると解される。)。

2  被告中村に対する損害賠償請求について

前記のように、原告らは本件現況建物の存在を受忍すべきであるが、さりとて、それが当然に被告中村の原告らに対する不法行為責任をも否定することになるわけではない。けだし、妨害排除請求権発生の要件たる受忍限度と不法行為責任成立の要件たるそれとは、その限度においておのずから別異に解するのが相当であり、後者のそれは前者のそれよりも低いもので足りるというべきだからである。

そして、前記説示にかかる諸事情を彼此勘案すると、本件現況建物による日照の阻害は、不法行為責任成立の要件としての受忍限度を超えているというべきである。そうすると、被告中村は、原告らが享受していた日照の利益を違法に侵害したもので、かつ、そのことは予見しうべきであったというべきであるから、被告中村は原告らに対しその損害を賠償すべきことになる。

そこで次に、右損害につき判断するに原告らはまず、原告所有地及び原告建物の減価損を主張するので、検討する。

本件日照の阻害により従前に比し特に原告所有地、原告建物の居住条件が劣悪となり、その意味で同土地、建物の価格の下落を観念することは可能であるが、《証拠省略》によってもその具体的な数額について心証を得ることは困難である。すなわち、同鑑定書は、本件現況建物による原告所有地の日照阻害(日影)率と旧建物ないし二階建建物によるそれとを比較し、これをいわば被害として日影による減価率を求めているが、同鑑定書にいう市場性等を勘案した総合減価率構成要素は必ずしも具体性がなく、また、日影減価率も、従前の日照を所与の条件とするものであるが、従前の日照をもって直ちに原告所有地の権利の内容と構成することも困難であり、結局、これら事情は慰藉料請求にあたり斟酌される一事情と評価するほかはない。よって、原告らのこの点の主張は理由がない。

そこで次に、慰藉料の主張について検討するに、前記認定の諸事情を総合考慮するときは、原告らの身体的、精神的苦痛を慰藉するには原告ら各自七〇万円が相当と認められる。

3  被告会社に対する損害賠償請求の訴について

被告会社は、予備的請求においてのみ当事者となっており、主位的請求における被告の地位にないから、本件はいわゆる主観的予備的併合の関係になる。したがって、原告らの被告会社に対する本件訴は不適法として却下を免れない(なお、被告会社に対する慰藉料請求権は本件証拠上も認め難い。)。

四  以上のとおりであり、原告らの被告中村に対する主位的請求は理由がないから棄却し、原告らの被告会社に対する予備的請求の訴は不適法であるから却下するが、原告らの被告中村に対する予備的請求は各金七〇万円及びこれに対する不法行為の後である昭和五九年三月一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余の予備的請求はいずれも失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 古川正孝 裁判官 渡邉安一 川口泰司)

<以下省略>

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